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2013年9月9日月曜日

和太鼓塵輝 名古屋公演「いのち輝くとき」を観て。

前職の先輩であり、同い年の友人でもある吉村純一氏が主宰する『和太鼓 塵輝』の名古屋公演「いのち輝くとき」。
長年お誘いをいただいてはいたのですが、なかなか都合が合わなくてずーっと観に行けなかった。
今回は名古屋開催なうえに、川の休みも貰えたのでやっとこさ観ることができた!

率直に感想を言うと…体が震えるほど、感動した!

和太鼓ってワードから「男臭さ」「骨太」みたいなイメージが頭の中にあったし、なんていうか、ちょっと襟を正して真面目に向き合って聴かないといけないんじゃないかって勝手に思い込んでいて、いわゆる堅苦しいイメージを持っていました、正直言って。
大体二時間くらいの公演だったかな。
聴き終わった頃にはそんなイメージは吹っ飛ばされて、浅はかな自分の想像の上を軽々と飛び越えていった。
感動した。
和太鼓一辺倒だと飽きてくるんだろうけど、篠笛のメロディが曲の表情を豊かにしていて飽きることなく、あっという間に二時間が過ぎていった。
半ば無理やり連れてきた子ども達も、最後まで飽きることなく楽しんで聴いてたと思う。

チームワークの完成度の高さ、お客さんを巻き込む勢い、お客さんを引き込む世界観、それらが太鼓と篠笛を介して伝わってきて聴いているものを圧倒する。
音圧から来る熱に手と背中にじっとりと汗をかき、一曲終わるごとに呼吸を忘れていたことに気づく。
一つの音に込められた力と想いが美しい。
題目どおり、目の前にはいのちの美しさがまばゆく輝いていた。

素敵な音をありがとうございました。

18年前、高校の体育館で和太鼓の公演があった。
和太鼓を生で聴いたのは、あの時がはじめてだったと思う。
そこで太鼓を叩いていた吉村氏とその後まったく関係のない仕事で再会し、もう一度太鼓を叩いている姿が観れた幸せと同時に、自分も頑張らなくちゃという思いに身が引き締まる。
日々是精進。

和太鼓塵輝

2013年5月7日火曜日

日々是好日

過去は過ぎ去ったものであり、もう存在しない。
未来はまだ現れていないのだからわからない。
過去の栄光を追ったり失敗を悔やんだりしても意味がない。
未来について心配しても仕方ないし、何かを願っても期待どおりにはならない。

過去や未来に囚われず、いま何が起こっているかを正しく観察し、動じることなく、怠らず、いまこの瞬間に行うべきことを実践しなさい。
そうすれば心を煩わされることなく、解放された心で生きていられます。(ブッダ)

「いま、ここ」に集中し、自分の力で「今日はよい日でした」と言えるような生き方をしなさいという意味。だそうです。

2013年5月3日金曜日

マル

自分を見失いそうな時、人差し指と親指でマルを作って、先生のあの言葉を思い出す。

人間はどこまで行っても一つのマルのままでいないといけない。一人一人のマルがあって、マルとマルが寄り添う事はあっても、相手のマルを自分のマルに取り込もうとしたり、逆に相手のマルに入り込もうとしてはいけない。自分のマルと相手のマルを同一視しない事が正しくスマートで穏やかなのだと。
本来重なることの無いはずのマルを重ね、それが本来の姿のように剥がされ別れるときに、自分を大きく傷付ける事になる。
自分は自分、他人は他人。
相手のマルと重なることで自分のマルの価値が上がる事は無い。自分のマルは自分で磨き、大きく輝かせないといけない。

先生、まだまだ上手に出来ませんが、先生からもらった言葉は宝物です。日々精進。